最近、よく耳にする「多様性」という言葉。
生物の多様性であったり、地域多様性であったりと、多岐にわたる。
人々の価値観も変わってきており、経済だけが発展すればいいというものでもなくなってきている。
我が国の水産業は、ひとりで操業する小型漁船から数十名が乗船する大型漁船まで、幅広い規模の漁業種が存在する。伝統漁法も合わせると、漁法の数はよくわからないほど多様な産業だ。さらに漁獲される魚は3,000種以上といわれ、まさに多様性にあふれた産業である。
今回の記事は、前編と後編の2回に分けて、消費者にとっても価値のある取り組みを始めた2件の生産者を紹介したい。前編は水産流通をメインに、後編は水産加工技術についての情報も織り込む。
魚の持つ価値や、流通について考えてみたい。
目次
- カツオ資源とイワシ資源の間で
- ゆずれないけど、押し付けないコンセプト
- 厨(くりや)の活動
- 多様な流通経路
- お互いに理解することのメリット
カツオ漁船向け活餌の販売業者の取り組み
カツオ資源とイワシ資源の間で
鹿児島県長島町にある水口松夫水産はカツオ一本釣り用の活イワシの販売を主な生業としている。
活イワシをまき網漁船から沖で購入し、生け簀に慣れさせてカツオ船に販売する。
当社ではまき網から生け簀に活イワシを運ぶパージ船(活魚運搬無動力船)を2007年に導入した。
その結果としてカタクチイワシの生残率が著しく向上し、遠洋カツオ一本釣りへの信頼はさらに強いものになった。
当社では、活イワシ販売以外のほかにカンパチの養殖事業も行っており、活魚の取り扱いは一目を置かれる技術をもっているが、技術では太刀打ちできない問題もある。
それは、カツオが獲れる時とカツオ餌用が獲れる時が必ずしもリンクしない問題だ。
さらに一本釣りカツオ船の隻数は年々減少し、需要は減少している問題も技術だけでは解決できない。
水口さんは何か行動しなければと、2016年に目詰まり解消事業を利用し、まき網から購入した活イワシに混じる混獲活魚(アジ、サバ、スルメイカ等々)の加工利用を始めた。
現在は産地市場からセリ人として仕入れも実施している。
2018年には長男が香港に事務所を構え、加工した日本の魚を現地に販売している。
当社の加工部門の厨(くりや)を取り仕切る水口さんは、水産流通の実態を勉強し、魚の流通の複雑さと難しさを知ったという。
ゆずれないけど、押し付けないコンセプト
厨で加工する魚は、すべて冷凍していない鮮魚である。
そのため安い時に大量に仕入れることもできず、その時の浜値によって利益が左右されてしまう。
鮮魚を扱い続けることは加工業において非常に難しく、一時期は冷凍の加工原料の使用を検討したこともあったという。
しかし、それでは消費者に美味しい魚を届けられないと考え、現在の運用体制を維持し続けている。
こんなエピソードがある。ある百貨店における展示即売会にて加工品の試食会を行っていた。そこに来た女の子に、アレルギーの有無をお母さんに確認して、厨の魚を食べてもらったという。しばらくして、その女の子がお母さんを連れてきて、「やっぱり私はここのお魚を家で食べたい。このお金で買えますか?」と、小さい手には女の子のお小遣いが握られていた。
水口さんは購入者より手紙を頂くこともある。
その中には「感動した」「今後も食べ続けたい」などの言葉が並ぶ。
それが厨にとって何よりの原動力になっている。
「現状の量産される加工品だけが商売になる水産業界になってしまったら、本当にいい食品が埋もれてしまう。そうなると、消費者は違いを理解できず、何でも価格だけで判断してしまうのでは。」
水口松夫水産の主な生業は、あくまで加工業ではなく漁業だ。
したがって加工業者だけの視点ではなく、漁業者としての視点と理想も実行している。
仕入れ時における社長からの指示は、「値段が合うなら、原料の魚は許す限り高く買いなさい。」である。
値段で評価して頂ける商品の原料であれば、価値に見合った価格で魚を仕入れるという意図である。
「商品に付加価値があるかは、お客さんが判断すること」と水口さんはいう。
通常、漁業者や加工業者がこだわって手を加えれば、消費者に届く値段は上がり、結局は魚離れが進んでしまう。
よって、安価でかつできるだけ手間をかけない加工を実施せざるを得ない。その結果、美味しくない魚が出回り魚離れが進むという矛盾が水産業にあると思う。
厨(くりや)の活動
それでも厨は動き続け、理想の形に近づいている。
昨年度はコロナ禍の影響もあり、食べチョクの売り上げは伸びた。
開業して間もなく、水産庁長官賞を受賞し、その後もぐるナビや百貨店への出店も力を入れている。
想いを押し付けなくても確実に消費者には製品を介して伝わり、おいしい魚を届けたいというコンセプトは広がっている。
筆者はここの鯛めしを大変気に入っている。
レシピに従えば、身はご飯に混ぜ込まないといけないが、本当はそのまま食べたい(家族が許せば)。
身を混ぜ込んでも頭の身は多少余るので、そこにむさぼりつく。
干したマダイを使っているため、余計な水分は抜けて、脂の旨味が強烈にくる。
鯛めしにマダイをそのまま使うということが、加工でどれだけ大変か考えたことがあるだろうか。
鯛めしに骨や鱗は禁物だ。よって、中骨、頭やヒレのキワの鱗まできれいに除く。
加工する方は鱗1枚も大嫌い、許せないらしい。
また、当社から販売されている「瞬冷コクまろ」という刺し身にも注目したい。
少しだけ専門的なことを書くと、厨の「瞬冷コクまろ」は液体急速凍結機を使用する。
最大氷結晶生成帯である温度帯を素早く通過させることができるので、生の食感に近い。
どんなにいい凍結機を使っても、原料自体がよくなければならない。
スライスまで実施されている「瞬冷コクまろ」は非常に強い歯ごたえを感じられる。
量販店で購入する鮮魚より、「瞬冷コクまろ」の鮮度はいいと思う。
筆者の個人的感想だが、歯ごたえが非常によく、身が活かっている。
大切なことは鮮魚か冷凍品かではなく、食べるときに鮮度を感じられるかどうかが大事だと筆者自身は考えている。
我が国の水産流通について
水産物の流通経路は、漁業の種類よりも多様性を極めているのではないだろうか。
水産業界の方はわかると思うが、漁業者は産地市場に水揚げし、主に漁協が産地仲買にセリなどで販売する。
魚を仕入れた産地仲買は、消費地卸売市場の荷受に出荷し、荷受は仲買人にセリなどで販売する。
仲買人は小売りや飲食店に魚を卸し、ようやく消費者の口に届く。
これだけではない。上記図は長い流通の一例だ。
他には産地市場から地元の加工業者への流れや産地仲買から地元スーパーへの流れ、仲買から飲食店への流れと、複雑すぎて図に表せない。
このような複雑な流通経路は、「魚種も量も不確実な魚を、余すことなく、安全に、できるだけ高い価格で流通させる仕組み」であり、我が国が誇るべき流通だと思う。
流通の過程には目利きがいて、悪い魚はできるだけ流通させない仕組みがある。
特にサバなど鮮度が大切な魚は急いで判断しなければならず、きっちり重量を測る正確性より早く流通させること優先だった。
これぞまさに「サバを読む」という言葉の語源だ。
また漁協は売上金額の数%が手数料になるため、できるだけ高く売ろうと考えて商売をする。
その結果として、浜値は上がるので、水揚げをした生産者の収入も増える。
私たち消費者が、高級すし屋でその時の最上の魚を食べられること、量販店で安価で新鮮な魚を買えること、それはこの複雑な流通経路のおかげだということを知ってほしい。
実際に流通業者は損をしてでも流通を優先することもあるという。
安価な水揚げがあったので、その商売だけやってみる。そう、それこそまさに、そうは問屋が卸さない。
上記のような市場を通過する水産流通においては、生産者の想いは伝わりにくかった部分もある。
しかし、消費者が商品を選定する際に生産者の取り組み、想いをネット上で直接確認出来るようになった。
まだまだ流通量は少ないが、消費者が生産者を選んで直接購入する動きが少しずつ見え始めている。
この動きは水産業界にとって小さい動きかもしれないが、複雑で多様な水産漁業にとっては非常に大切なことである。
消費者の方々には、旬の魚の旨さとお買い得さ、手間暇をかけて魚の旨さを引き出した加工品の価値、船上で脱血処理した魚の旨さを是非とも知ってほしい。
「少量でも魚を高く購入できれば、漁業者は適正な量を水揚げするので乱獲は防げるはず。」
水口さんの想いはそんな深いところにもあり、我が国の魚食文化を根底から支えている。
後編へ続く
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